Ndank Ndank Senegal

セネガルの村で青年海外協力隊として暮らす、私の日常。
(ndank ndank:ウォロフ語で「のんびり、ゆっくり」)
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残り一週間
さて、ここMedina Sabakh村での
暮らしも残すところ1週間+1日となりました。


同居隊員も先日、最終上京しました。
お向かいの大家さん(写真中の青い服)も親戚のお見舞い
ということで、親子のように、一緒にバスで上京して行きました。

ちょっとバタバタとしてきました。


先日、Ndiagnene村で採蜜。
4L弱ぐらいはあったのではないかと思います。
そのうちの2Lを俺がお客さんとして購入。
近所のお世話になった人たちに配ったり、
日本へのお土産として持って帰ろうと思います。
このおやじ、Mamath Diagne氏は眼光鋭く、口数も少なく、
養蜂箱を作るときは一人際立った職人気質を見せる人。
そしてなおかつ、フランス語での会話、
読み書きができるというインテリぶり。
しかし、この写真を撮ったのをあとで
見せると、大笑いで大喜びしてました。


同じく、Ndiagnene村にて。
お父さんとその子どもたちと日本人。
この日は「何もしない」をしに行ってきました。
ただ、雑談して、ラジオを聴いて、ご飯を食べるだけ。
そういう日もあっていいかな、と。
俺のひざに座っている子、Youssafaは
悪がきっぽい顔をしているくせに、すぐ泣く。


先日はずっと悪路、片道40kmぐらい行った
ところのNdiao Bambali村へ行ってきました。
住民組織PENC Diama Gaio代表のBacka Cisse氏から
その前日に電話があって、「明日、養蜂研修をする。
養蜂箱を作るから来てくれ」と言われて行ってみると、「だめだ!
今日は村のあちこちで結婚式があって、参加者が誰もいない!」

なんてこった。

葬式じゃあるまいし、事前に分かるはず、しかもあなた地元民やん!
俺以外にもう一人、地元NGOのスタッフ、Code Ndiaye氏も
呼ばれていて、彼は「うん、仕方ないな、また今度だ」
と言って笑っているので、俺もBacka氏の責任を
追及することはせずに、笑うことにしました。
このCodeという人は、知識があって、
頭の回転もよくて、なおかつ性格も良い。
人の悪口を言うのを聞いたことないし、
怒ったり、相手を不快にさせることもない。
立派な人だわ。

無駄足にはなりませんでした。
もし養蜂研修をするならするで、全然準備ができてない、
道具にも不備多しだったので、そういうのを指摘して、
「研修までに整えとこうね」と言っておきました。
彼は養蜂の知識と経験がまだありませんが、やる気は満々です。


高松の小学校から、Medina Sabakhの小学校への文通が届きました。
これからごりごり、仏訳していきます。
| 若宮 武 | - | - | - | - | - |
来月の今ごろは日本か
今、こちらセネガルは2/22。
日本帰国が3/22なので、来月の今ごろは日本というわけですな。

ここ数日、ネットが不調でしたが、元気にやっておりますよ。

昨日はMbap村とPakala村の養蜂箱に
蜜蝋を付け直しに行ってきました。
養蜂箱を設置して半年近く経つのに未だ蜂が入らず、何か手を
打たねばということで、一旦、古い蜜蝋をはがして、新たに付け直し。
蜜蝋も古くなるとにおいが弱くなって、
蜂をおびき寄せる力が弱くなるみたいなので。


Mbap村のMady Cisse兄弟(兄弟で同姓同名。左が兄。)


続いて、Pakala村のOusmane Cisse氏。
背景のバオバブがアフリカっぽいね。
地面に穴を掘って、その辺の枯れ草やバオバブの実の殻を
燃やして火を起こし、その熱で蜜蝋を溶かして溶着しています。


その数日前は、同じ県内の同期、バンビ隊員が
調整した、女性組合の合同会議を見てきました。
真剣な表情で打ち合わせ中。
こうやってたまに、近くの同期隊員の
活動を見れるのは、いい刺激になります。


そんなこんなで、ほぼ新車で貸与された
バイクも、走行距離が8,888.8kmになりました。

何の変哲もない、ごく日常的な村の様子も、もうしばらくしたら
見れなくなるのかと思い、写真を撮るようにしています。


たとえば、村のおばちゃんたちの青空市場。
「写真撮って」と言うからカメラを向けたら「あら、やだ」とか言い
ながら、布をきれいに頭に巻きなおしたりするところがかわいらしい。


たとえば、ヒエの脱穀作業のおっさんたち。
粉塵がものすごくて、帽子、サングラス、マスク、長袖
長ズボン、ゴム手袋と、フル装備で作業をします。
一見、かなり怖いけど、みんな陽気です。


たとえば、いつもたまねぎ、ジャガイモ、
にんにくを買う食料品店のおやじ。
この日は行くと、おやじが自分のカメラ付携帯で俺の写真を
撮ったので、「じゃぁ、俺も」ということで、俺もおやじの写真を一枚。
やたら難しいウォロフ後での値段の数え方は、ここで習いました。


そして締めはやはり、うさ太郎。

2/23追記
ついさっきMbap村のMady Cisseから電話。
「蜂が入ったよ!」
蜜蝋付け直しは効果覿面だったようです。
| 若宮 武 | - | - | - | - | - |
魚市場にて思う
昨日、メディナサバ村内の魚市場へお買い物に行きました。
ちょうど、魚を満載した馬車がそこに到着したところで、
お買い物に来た奥様方の戦場と化していました。
並ぶとか、待つということを誰もせず、魚売りの
おばちゃんもてんやわんやで、客を裁ききれません。

「あー、セネガルだなー。日本人ならもっと
整然とお買い物できるのになー」と思うわけです。

控えめな日本人である俺は、少し、落ち着くのを待とうかと
ただ立っていたのですが、横に来たおばちゃんが、
俺の知り合いだったようで(俺は覚えていない)、

「あら、Meissa、魚を買いに来たの?
何が欲しいか、ちゃんと言ったの?
あの鯵は1kg500Fcfaよ」、と世話を焼いてくれます。

「まだ注文してない。鯵を1kg買いたい」と言うと、
「じゃ、500Fcfa貸して」と言うので、渡しました。

ごった返す奥様方の戦を勝ち抜き、その
おばちゃんは俺に鯵1kgを渡してくれました。

こういう親切もまた、セネガルであって、
日本とは違うな、と感じたわけです。


帰宅して、はらわたとゼイゴ(鯵特有の
ギザギザしたところ)を取り除いたところ。
まな板の端から端まであるこんなでかい鯵、初めて見ました。
夕食のアジフライになりました。

ちなみに、


昼は恵方巻を食べました。
具材はレタス、味付き小魚、大根、しいたけ、お揚げさんです。

で、夕食後は、


同居人が巨大プリンを作りました。
我が家の鶏、「坂東」が産んだ新鮮卵を使っています。
| 若宮 武 | - | - | - | - | - |
蜂群逃去
ここ最近、蜂群が半年以上住み着き続けているにもかかわらず、
いざ、採蜜しようと開けてみると蜂蜜ができていない、ということが
Ndiagnene村、Keur Moda村と続いたので、採蜜にはまだ
早い段階で一度、「内検」をやってみよう、ということになりました。

内検とは、養蜂用語で、本気で養蜂をしている人たちは
数日に一度は養蜂箱を開けて、中の検査をするわけです。
検査では、女王蜂が元気かを確認したり、分蜂(蜂の
巣別れ)の前兆とされる王台(女王蜂候補の幼虫の
部屋)をつぶしたり、害虫駆除などを行います。
しかし、セネガルで農家のおっさんたちが片手間にやる
程度の養蜂では、そこまでの手間はかけていません。
基本、放置しています。

さて、7月に設置して、9月には蜂群が住み着いているのを
確認していた、Sangap・Thiamene村の養蜂箱。
これの内検を先日、行いました。
村のおっさんが防護服を着て、燻煙器を持って、現場へ向かいます。
それを俺は遠くから見守ります(刺されると死にかけるので)。

見ていると、どうも様子がおかしい…。

なんと、蜂が一匹もいなくなっていました。
これを、「逃去」と言います。


中にはこのように、以前、住んでいた蜂たちが作った
巣板が残っていましたが、カビが生えています。

巣は作られているものの、蜜がそこにあった形跡はありません。
これも問題です。

巣板は巣門(養蜂箱の出入り口)に近い方から
順に形成されているのは確認できてよかったです。
マニュアルなんかで書いてあることが、実際に
そうなのか、こうやって確認したいわけです。

また、養蜂箱の中にはゴキブリ、イモムシ
っぽいやつ、ハサミムシが大量にいました。
このイモムシっぽいやつが悪さをする、というのを
確か、何かの資料で読んだ覚えがあるので、
こいつがひとつの原因かもしれません。


で、この内検準備のために燻煙器の火を熾しているときに、
熱くなった燻煙器を触ってしまい、左手親指を火傷。
燻煙器の表面に塗られた塗料が熱で溶けて、それが
指に貼りついてこんなメタリックに指になりました。
数日、水ぶくれがひどかったですが、今は回復傾向。

とりあえず、この日は養蜂箱の掃除をしました。
で、来週火曜日に馬車に積んで
別の場所へ移設することになりました。

養蜂の持続性だなんだよりも、おっさんたちが蜂蜜を
収穫して、おいしい思いをしてもらいたい、というのが
今の願いなのですが、なかなかうまくいきません。
| 若宮 武 | - | - | - | - | - |
火事
材料を自分たちで買い揃えてセメント製養蜂箱を作りたい、
と言っているYouna村のおっさんを訪ねました。
共同出資するはずだった別のおっさんが反対している、とか、蜂蜜
泥棒がいるから、とかいう理由で結局は、「作らない」という結論に。
なんじゃそりゃ、と思いつつも、こちらが強要するのもおかしな話なので、終了。

次、Keur Moda村のDjibril氏を、外出先の
Keur Samba Kouta村へ訪ねました。
蜂の働きを増進させる目的で、養蜂箱内に給餌することになっていて、
しかし、「俺は防護服がなくても大丈夫だ」と本人が言っていまして。
それで、近々採蜜をしたいという隣村へ防護服は持って行っていました。
今日のDjibril氏曰く、

「こないだ、養蜂箱の中に餌(蜂蜜)を
入れたんだけど、めっちゃ刺された!」

そりゃ、そうやわなー。やはり、防護服はあったほうがいいのです。

そんなのんきな会話をしていると、村の中で奇声が!
Djibril氏も「お、どうした、どうした」と、
野次馬的にそっちへ近づいていって、表情急変。

「火事だ!」

いつも笑顔の村の女性たちも超真剣、超高速で井戸の
水をくみ上げ、さっきまでへらへらしていたDjibril氏が
水の入ったたらいを頭に載せて、猛スピードで現場へ
急行、混乱した村でわけが分からず泣き叫ぶ子どもたち。
俺も現場へ行くと、炎が上がっていて、
でも、俺なんかが下手に手出しできない状況。
写真を撮るのも不謹慎なので、ただ、その様子を見ていました。
火災現場は村のパン焼き釜の小屋。
おっさん、おばさんの迅速な消火活動によって、すぐに鎮火したと
思ったら、「火事は怖えーなー」とか言いながら、ひと仕事
終えたぜといった笑顔で現場を去るみなさん。

かっこいいな。
日本の地域コミュニティーが失いかけて
いるパワーを目にした気がしました。

さて次、Ndiagnene村へ。
ここには去年1月に養蜂研修で製作して設置した
養蜂箱があるのですが、なんと養蜂箱が増えていました。


養蜂研修に参加したわけでもなく、ただ普段、俺と世間話を
するぐらいの仲だったOusmane Diallo氏が、ご覧のとおりの
木製のちゃんとした養蜂箱を作り上げていたのです。
おそらく、板材もトタンも廃材から調達したようですが、説明を聞くと、
養蜂箱の中には棒を何本も並べた、いわゆる近代的な作りで、
俺が研修で伝え、村人にお勧めしている仕組みを取り入れています。
設置は1ヶ月前で、既に蜂も住み着いていました。
こうやって俺の知らない間に村人が養蜂を
始めてくれるというのは、本当に嬉しいことです。

さて一方、大統領選挙に関連して都市部は荒れているようです。
今日、会話をしたある村人はこう言っていました。

「政治にものを言いたいときは、タイヤを燃やしたり、商店を
破壊したりするのではなくて、選挙に行って『この人だ』と
思う政治家に投票をするべきなんだ」、と。

最後におまけ写真。


先日、我が家でさそりが出ました。
小さいですが強暴です。


我が家の庭に咲くパッションフルーツの花、とその奥にうさ次郎。
| 若宮 武 | - | - | - | - | - |
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