Ndank Ndank Senegal

セネガルの村で青年海外協力隊として暮らす、私の日常。
(ndank ndank:ウォロフ語で「のんびり、ゆっくり」)
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セネガル2年間を振り返る(前編)

前回、このブログを書いたのが4/12。
「次回は5月末かなー」と書いて締めていますが、そのとおりになりました。
はい、5月末です。

前回は帰国してからの1週間ぐらいの、ばたばたした日々を書いたわけですが、今日は改めて、2年間の協力隊を振り返ってみようと思います。

まずは、このブログを書こうと思ったきっかけなのですが、実は、事業仕分けがあります。
御上の方で何やら議論をしているのであれば、その協力隊事業で現場へと出て行っている当の協力隊として、何か発信してもいいんじゃないかと。
別に、協力隊事業を擁護するわけでも、批判するわけでもなくて。
私の発信が議論をしている立場の人たちに届こうが届くまいが、途上国へ行っている当の協力隊の一人として、現地に暮らす人々の様子、自分自身の活動、考えたことなんかを日本の世の中に向けてもっと発信しよう、知ってもらおう、と思ったわけです。

実際、ブログというものを書いてみると、私自身の活動やセネガルライフの記録、思い出にもなりますし、こうやって文字に起こすことで、自分の頭の中の思考がすっきりしたりもします。
また、セネガルでの隊員生活には時間的な余裕も十分にあるので、ブログを書くことも苦になりませんでした。

事業仕分けに関連して書いておくと、私自身も確かに、この協力隊事業には議論の余地がかなりあるように感じました。
「あれだけのお金(税金)をかけて、これだけの効果?」、という印象がありましたし、「えっ、こんなに良くしていただいていいんですか?」と思うことも正直、多々ありました。
そこに事業仕分けが入って、まさに私が派遣されていた2年間で、新しくやって来る隊員たちにかかる経費は目に見えてばっさりと削減されていっていました。
間違っても、安全、健康に関わる予算の削減で、隊員が危険な目に陥ることは避けてもらわなければいけませんが。

次に、私がこの協力隊に参加した動機ですが、それはこのへんで、

セネガル行きのこと(1)
(2)(3)(4)(5)

で、それが派遣1年目ぐらいに、こうなりました。
帰国後のこと(1)(2)(3)(4)(5)

ざっくりと言えば、1つ目には、アウトサイダー(外部者)として地域に貢献する(例えば、日本人開発ワーカーがセネガルの農村を発展させようとする)よりはむしろ、地元民として地域に貢献したい、と思うようになったこと。
2つ目には、その「地域貢献」というのも、何も開発ワーカーや公務員といったポジションに居なくてもできる、ということが見えてきたこと。
3つ目には、家族、親戚、友人などの近しい人たちに囲まれて、地元である香川県高松市で暮らしたいと思うようになったこと。それまでは、どんな仕事をしたいかを考えたことはあっても、どんな暮らしをしたいかって、考えてこなかったんだと思います。
これらは、セネガル人の開発ワーカーや、そうではない、ごく普通のセネガル人たちのごく普通の暮らし、やり方なんかを見て影響を受けて、考えさせられたことです。


長くなってきたので、前編はこのへんで。

| 若宮 武 | - | - | - | - | - |