Ndank Ndank Senegal

セネガルの村で青年海外協力隊として暮らす、私の日常。
(ndank ndank:ウォロフ語で「のんびり、ゆっくり」)
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さらば、メディナサバ村!
前回のブログ更新がセネガル時間で3月12日、
メディナサバ村から首都ダカールに上がる前日でした。
それから1ヶ月弱経ちまして、今、この
ブログは香川県高松市の実家で書いています。

青年海外協力隊は終わったわけです。

Ndank Ndank Senegal、最終章(上)!


掃除片付けをすっかり終えた、自分の部屋。
ここで2年間、暮らしてきました。
5月と7月にまた、俺らの後任がこの村へやってきます。


メディナサバ村を離れる直前に撮った一枚。
「メディナサバの高田純次」と勝手に呼んでいる、大家さんの
ご主人と、プロバスケ選手を目指すその息子と一緒に。
お世話になりました。


その大家さんに紹介してもらったミニ・カール
(こんなバン)で最終上京しました。
車体にはMEDINA SABAKHの文字(写真の指先)。


メディナサバ村でこのカールに1人で乗り、出発。
内海、Bao Bolon川を渡ります。
赴任した年の雨季はこの道は水没していました。


それから、ダカールまでの沿線上の隊員たちを拾っていきます。
「私も途中まで乗せて行ってよ!」という
セネおばちゃんも一緒に。どこまでもセネガルです。
どんどん車内は賑やかに。


ダカール市内に入ったぐらい。
車が増えてきました。


ワッド「前」大統領の選挙看板。
憲法に反してまで三選を目指しましたが、俺らが出国した
あとの3月25日の決選投票でセネガル国民が
彼に叩き付けた答えは「Non」でした。


そのセネガル国民の期待を背負ったのは、Macky Sall氏。
1回目の投票で落ちた他の12人の候補(看板右)も、
決選投票では彼の支持に回りました。

こうして、メディナサバ村に別れを告げ、ダカールに到着。


ダカールに着いて、同期隊員、通称
「ケベ子」からお土産となるケベサックを購入。
セネガルのおばちゃんたちの手作りのかばんです。


関係機関への表敬訪問は、みんなセネガルの正装で。
これは、時間つぶしで行った高級ショッピングモール。


JICAの職員さん宅でのお食事会。
スモークサーモンといくらの
お寿司など、豪華な食事を腹いっぱい!


で、ダカールでの慌ただしい1週間を
過ごして、3月20日、セネガルを出国しました。
全世界で最も隊員数の多い国、セネガルで、
最も人数の多い隊次、21-4、18人です。
隊員連絡所(ドミトリー)玄関にて。

さらば、セネガル!

次回は最終章(下)です。
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