Ndank Ndank Senegal

セネガルの村で青年海外協力隊として暮らす、私の日常。
(ndank ndank:ウォロフ語で「のんびり、ゆっくり」)
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帰国後のこと(2)
さて、(2)です。

これまでずっと、国際協力業界に進んで
メシを食っていこうと思っていました。
大学生の頃から志すようになったので、
かれこれ、10年間、そう考えてきました。
大学では開発・環境専攻、社会人経験を積むべく民間企業に
3年半勤め、JICAの元プロジェクトサイトである、セネガル
共和国ニオロ県へ協力隊としてやって来て、今に至ります。


(写真)日本政府の援助で立てられた、メディナサバ村給水塔

ここセネガルは紛れもなく、その国際
協力業界を生で見れる、「現場」です。
JICAに限らず、欧米の開発援助機関や国連機関、国際
NGOなどの国際協力事業をあちらこちらで見聞きします。
狙いどおりです。
そう、こういう現場に浸かりながら、「こういう仕事がしたい!」と
いう専門分野を見定めること、「こういう人になりたい!」と
思えるような開発ワーカーに出会えることを期待してきました。

しかし、ここで1年間暮らしてきて「こういう仕事をしたい」、
という思いよりも、「こういう暮らしを送りたい」
という思いの方が強くなってきました。
「こういう仕事」というのは国際協力事業のこと。
「こういう暮らし」というのは、途上国で働く開発ワーカーたちの
暮らしではなく、途上国で暮らす村人たちの暮らしのこと。
妻子を連れて途上国で暮らす、もしくは妻子を日本に残して
単身赴任で途上国で暮らす、もしくは独身で、という暮らし方
よりも、家族、親戚、友人に囲まれて、同じ村でずっと暮らす
方が、よっぽど、幸せな暮らしのように見えてなりません。


(写真)村のお昼ご飯

ここセネガルの村人たちを見てそう感じますし、日本でも、
同世代の友人たちが結婚して、子どもが生まれて、
という様子を見ているとそう感じます。

どうしても、就職とか収入のことを考えると、「どんな仕事がしたいか」
ということを考えてしまうわけですが、案外、「どう暮らしたいか」という
ことはこれまであまり、考えてこなかった気がします。

帰国後のこと(1)
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